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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)6901号 判決

原告 日産自動車労働組合外六九名

被告 日産自動車株式会社

主文

一  被告は、原告日産自動車労働組合に対し、金六六万円及び内金三〇万円に対する昭和四八年九月二一日から、内金三〇万円に対する昭和五八年一一月一九日から、各支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。

二  被告は、原告矢嶋義子に対し金三万〇九六一円、同今井征男に対し金二二万七一六九円、同境繁樹に対し金一四万六〇八四円、同山中稔に対し金二〇万五一三四円、同矢嶋勲に対し金四万九二一四円、同東条紀一に対し金九万〇四八一円、同丸田輝夫に対し金三万〇八〇三円、同坂義雄に対し金一三万八五六七円、同吉田博に対し金九万四六三二円及びそれぞれその金員に対する昭和四八年九月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  第一、二項記載原告らのその余の請求及びその余の原告らの請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告日産自動車労働組合と被告との間においては、右原告に生じた費用のうち五分の一を被告の負担とし、その余を各自の負担とし、原告矢嶋義子、同今井征男、同境繁樹、同山中稔、同矢嶋勲、同東条紀一、同丸田輝夫、同坂義雄及び同吉田博と被告との間では、右原告らに生じた費用のうち各三分の一を被告の負担とし、その余を各自の負担とし、その余の原告らと被告との間では、被告に生じた費用のうち二分の一を右原告らの負担とし、その余を各自の負担とする。

五  この判決は、原告日産自動車労働組合、同矢嶋義子、同今井征男、同境繁樹、同山中稔、同矢嶋勲、同東条紀一、同丸田輝夫、同坂義雄、同吉田博勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告日産自動車労働組合に対し、金五五〇万円及び内金一〇〇万円に対する昭和四八年九月二一日から、内金四〇〇万円に対する昭和五八年一一月一九日から、各支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。

2  被告は、別表一「氏名」欄記載の各原告に対し、同表当該原告についての「手当額合計」欄記載の各金員、原告坂ノ下征稔に対し金七万二〇〇四円、同坂ノ下映子、同坂ノ下純子及び同坂ノ下冬樹に対しそれぞれ金二万四〇〇一円並びに以上の各金員に対する昭和四八年九月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

被告は、自動車の製造販売を業とする株式会社で、昭和四一年八月一日プリンス自動車工業株式会社(以下、「プリンス自工」という。)を吸収合併して、プリンス自工の従業員に対する雇用関係を承継したものであり、東京都内の荻窪、村山、三鷹その他に工場や事業所を有している。

原告日産自動車労働組合(以下、「原告組合」という。)は、もとプリンス自工の従業員をもって組織する労働組合であったが、右吸収合併により、被告会社の従業員で組織する労働組合となった。

原告組合、原告坂ノ下映子、同坂ノ下純子及び同坂ノ下冬樹を除く原告ら及び亡坂ノ下千代子(以下、これらの者を一括して「組合員原告」という。)は、いずれも原告組合の組合員で、もとプリンス自工の従業員であったが、右吸収合併により被告会社に労働契約を承継されて、その従業員となった者である。

2  背景事実

右合併前、プリンス自工の従業員約七五〇〇名は原告組合に所属しており、他方被告の従業員約三万二〇〇〇名は全日産労組に所属していた。

右全日産労組は全日本自動車産業労働組合連合会(以下、「自動車労連」という。)に所属し、全日本労働総同盟(以下、「同盟」という。)に加盟しており、原告組合は日本労働組合総評議会全国金属労働組合東京地方本部プリンス自動車工業支部として、日本労働組合総評議会(以下、「総評」という。)に所属していたが、原告は、合併によって、企業内に総評所属の労働組合が存在するに至ることを極度に嫌悪し、昭和四〇年五月末の企業合併計画の公表以来、プリンス自工と通じ、あるいは自動車労連、全日産労組と相図り、原告組合が日本労働組合総評議会全国金属労働組合(以下、「全金」という。)を脱退して自動車労連に加盟し、全日産労組に合流するよう原告組合に働きかけ、これが原告組合の執行部の反対によって難航するとみるや、プリンス自工の管理職や職制まで動員して原告組合の一般組合員に対し、全金脱退、自動車労連加盟をはたらきかけたり、原告組合内の一部反全金派組合員の反統制的活動に便宜を供与するなどした。そして、昭和四一年四月はじめ、原告組合内の一部反全金派組合員の規約無視による強引な組織運営の結果、プリンス自動車工業労働組合(以下、「自工労組」という。)なる名称の第二組合が発足し、プリンス自工の従業員の大多数は組織的混乱の中で原告組合から脱退し、なしくずし的に自工労組組合員として自工労組からもプリンス自工からも取り扱われるようになったが、原告組合は執行部を中心に一五二名がプリンス自工の切り崩し工作にもかかわらず組織に踏み止どまって存続した。なお、自工労組は昭和四一年八月の前記合併と同時に日産プリンス部門労働組合(以下、「部門労組」という。)と名称変更し、翌四二年六月には全日産労組に吸収された。

プリンス自工及びこれを吸収合併した被告は公然と中立的立場を放棄し、「昭和四一年四月以降原告組合は総評全金を脱退して自工労組と名称変更し、原告組合は消滅した」とする自工労組の主張をそのまま被告の見解とし、原告組合からの一切の申入れ、通告を無視して、その組織としての存在を否認し続け、同時に原告組合の組合員に対しては配置転換や賃金査定、職務内容の変更等さまざまな手段による差別待遇、不利益処遇をなしてきた。そして、このような被告の原告組合の存在を否認する態度は、被告に対し、全金の申請に基づいて発せられた東京地方裁判所の団体交渉応諾仮処分命令(昭和四一年九月一七日付決定)や、原告組合及び全金等の申立てに基づいて発せられた東京地方労働委員会の団体交渉応諾を命ずる不当労働行為救済命令(昭和四一年七月一二日付命令)によっても変わらず、右救済命令が中央労働委員会の再審査命令(昭和四一年一一月二六日付命令)によって維持され、確定した昭和四一年末まで続いた。

昭和四二年初めから、被告は、表面的には原告組合の存在を認め、原告組合と団体交渉のための事務折衝を持つようになったが、同時に、被告の職場内では原告組合の組合員に対し部門労組組合員が白昼公然と集団暴力をふるい、被告会社がこれを見て見ぬふりをして放置するという事件が続発し、このような暴力事件が同年二月末ころまで続いていた。

3  不法行為

(一) 残業差別

プリンス自工と被告は賃金体系・勤務体制等の労働条件に関し大きな差異があったが、合併後被告はプリンス自工の労働条件を徐々に被告のそれに統一させていき、昭和四二年二月からはもとプリンス自工の工場であり、組合員原告らの就労場所である荻窪・三鷹・村山の三工場でもプリンス自工とは全く異なる被告の勤務体制を実施するようになった。

この新勤務体制の内容は、製造部門全部と検査・運搬部門の一部(以下、「製造部門」または「直接部門」という。)においては、昼夜二交替制の勤務体制をとり、被告が毎月の生産計画に基づき、職場単位で当該月間の従業員一人当たりの必要残業時間数を算出決定し、各従業員に対し、恒常的に、早番・遅番とも一日通常二時間、ときには一時間の時間外勤務及び毎月一回程度の休日勤務が予め割り振られて、これに従って実行され(以下、これを「計画残業」という。)、その余の検査・運搬部門及び事務・技術部門(以下、「間接部門」という。)では、交替制勤務はないが、業務の必要に応じて一日四時間、一か月五〇時間の範囲内での残業及び毎月一回の休日勤務が命じられるというものであった。そして、これらの勤務時間・残業時間について被告はあらかじめ毎月全日産労組と協議し、協定を結んでいた。

しかるに、被告は、原告組合の存在を嫌悪する余り、その組織を破壊し、被告の職場からその存在を抹殺しようとすることを企図して、計画残業の前記三工場への導入を部門労組とのみ協議して決定し、右部門労組及び後にこれを吸収した全日産労組の組合員について計画残業に組入れながら、原告組合に対しては右実施に関する協議の申し入れすらせず、原告組合からの残業についての要求、交渉を一切拒否したまま、原告組合所属の従業員は一切計画残業体制に組み入れず、交替制勤務のない間接部門をも含めて、以後一切の残業に就かせないようになり、このような被告の残業拒否の態度は昭和四八年五月まで続いた。

右の被告の行為は、原告組合及び組合員原告に対する不当労働行為であるが、同時に、原告組合の名誉及び団結権を侵害する不法行為であり、また、組合員原告らの残業をして残業手当を取得する利益を侵害する不法行為である。

(二) 組合事務所・掲示板の便宜供与差別

プリンス自工は昭和四一年四月の自工労組発足直前のころ、それまで荻窪、三鷹、村山の各工場に設置して原告組合に貸与していた組合事務所(右各工場に各一か所)及び掲示板(右各工場の通用門、食堂、組合事務所付近に大型各一枚、各職場内に小型各数枚)を自工労組が原告組合の占有、使用を実力で排除して占有、使用するに至るに任せていたが、同年八月一日の企業合併後、被告においても部門労組及びその後身たる全日産労組にのみ会社構内に組合事務所及び掲示板(以下、「掲示板等」という。)の便宜供与をしてその使用を認め、原告組合には右便宜供与を全く与えていない。現在被告が原告組合の組合員が勤務する工場・事業所において全日産労組に無償貸与している事務所は前記三工場及びテクニカルセンターの各構内に各一箇所であり、また、同組合掲示板については、荻窪工場大型三枚、小型四四枚、村山工場大型三枚、小型一一九枚、三鷹工場大型一枚、小型一二枚である。

被告の右便宜供与における全日産労組と原告組合の差別も、原告組合に対する不当労働行為であるとともに、原告組合の団結権を侵害する不法行為である。

(三) 団体交渉における差別

前記のとおり、被告は合併当初から原告組合潰滅のための不当差別を継続するとともに、徹底した組合否認の態度を取り続けていたが、昭和四一年七月東京都地方労働委員会において、また同年一一月には中央労働委員会においても、被告会社の原告組合に対する団体交渉の拒否が不当労働行為であるとの救済命令が出されて以降、翌四二年三月二二日から一応原告組合の団体交渉の申し入れを受入れるに至った。

しかしながら、同日以降の団体交渉においても、被告は全日産労組との交渉は本社会議室において社長、副社長、専務及び関係役員を出席させて行うが、原告組合との交渉は日産健康保険組合井の頭会館で行い、会社内では行わず、しかも出席者中最上位役職者は荻窪工場総務部長であって、原告組合の再三の要求にも拘わらず、被告会社には五〇名前後の取締役がいるのに取締役を出席させたことは一度もない。したがって交渉の内容に関しても全日産労組の場合と比較して経営の最高ないし高位の役職者による詳細な説明や責任ある迅速な対応は到底期待できず、常に会社に持ち帰って上位役職者の指示を受けなければ回答できないような対応に終始しており、労働条件を労使が対等の立場で交渉して決定するという本来の意味における団体交渉とは程遠い現状にあり、誠実な交渉義務を履行していない。

また春闘時における賃上げなど、両組合が同一の問題につきほぼ同一時期に要求を提出し交渉する場合には、原告組合に対する回答は常に被告が全日産労組と妥結した後にその妥結内容と同一の内容でしかなされない。のみならず、原告組合のみが独自に要求し、全日産労組は要求していなかった事項についても、長年にわたる原告組合の要求、闘争の結果としてこれを容認せざるを得なくなると、全日産労組と先に合意して、その結果を原告組合に事後報告するという形式をとる。

右団体交渉における全日産労組と原告組合の差別は、原告組合の団結権及び団体交渉権を侵害する不法行為である。

4  損害

(一) 原告組合の損害

(主位的主張)

(1) 残業差別による損害

計画残業の下では残業が恒常的に行われるから、それに対応する時間外手当も臨時収入的性格を持たず、毎月の賃金の中に占める割合も従業員の生活にとって無視できない大きいものである。

昭和四二年二月当時原告組合は組合員約一三〇名を数えていたが、昭和四八年五月まで継続した被告の本件不当労働行為によって原告組合の組合員らは残業手当の収得の途を閉ざされ、その結果計画残業体制下にある全日産労組の組合員に比べ、賃金月額で平均一万五〇〇〇円以上も少ない低賃金に甘んぜざるを得なくなり、たまりかねて退職する組合員が続出した。また、原告組合を重大な労働条件についても協議の当事者とせず、時間外、休日労働に関し全日産労組に対すると同様の申し入れ、提案、交渉等を一切しない被告の態度は原告組合の名誉及び組織に対し大きな打撃となり、原告組合は被告の組織破壊攻撃から団結を防衛するため多大のエネルギーを費やした。

これによる原告組合の精神的損害を財産的に評価すれば一〇〇〇万円を下らないが、本訴訟では右損害のうち一〇〇万円及びこれについての弁護士費用として一〇万円を請求する。

(2) 便宜供与差別による損害

原告組合は被告から会社構内の組合事務所の供与や各種集会・行事への会社施設の貸与を拒否されたため、組合活動上多大の不利益を蒙ったほか、構外に事務所を設置せざるを得ず、また日常業務の他にも各分会・支部の執行委員会・各職場の職場会、各種専門委員会、大会等のために便宜会場を借受けざるを得なかったため、賃料・電話設置費及び電話料金・光熱水道費等の出費を余儀なくされた。

右有形、無形の損害を包括して財産的に評価すれば三〇〇〇万円を下らないが、本訴訟では右損害のうち三〇〇万円及びこれについての弁護士費用として三〇万円を請求する。

(3) 団体交渉差別による損害

原告組合は、前記団交差別により労働条件の維持、改善を図るという労働組合本来の活動を妨害され、また、対外的にも有形、無形の損害を蒙った。

右損害のうち無形の損害を金銭的に評価すれば一〇〇〇万円を下らないが、本訴訟では、右損害のうち一〇〇万円及びこれについての弁護士費用として一〇万円を請求する。

(予備的主張)

前記3(一)ないし(三)の不法行為が、被告の原告組合を嫌悪し、破壊しようとする一貫した一個の不当労働行為に基づく、継続した一個の不法行為であるとすれば、右不法行為による有形無形の損害一切を包括して金銭的に評価すると五〇〇〇万円を下らないが、本訴訟では右損害のうち五〇〇万円及びこれについての弁護士費用として五〇万円を請求する。

(二) 組合員原告の損害

被告における時間外手当は、別表一「基礎賃金」欄記載の金額に同表「支給率」欄記載の支給率の一〇〇〇分の一を乗じた金額を一時間当たりの時間外手当として算出し支給されている。

被告が昭和四六年度及び昭和四七年度(「年度」とは、当該年四月一日から翌年三月末日までをいう。)において、別表一「氏名」欄記載の各組合員原告とそれぞれ同一事業所の同一部門に勤務する全日産労組所属の従業員に課した計画残業の時間数は同表「時間数」欄記載のとおりであり、右各年度、それぞれその時間数組合員原告が時間外労働に従事したと仮定すれば、これに対応して支払われるべき時間外労働手当の額は同表「手当額」欄記載のとおりであり、その昭和四六年度及び昭和四七年度の合計額は同表「手当額合計」欄記載のとおりである。

組合員原告はそれぞれ別表一「区分」欄記載の職場に属し、かつ別表一「時間数」欄記載の時間数程度の残業に服する意思と能力を有し、残業勤務に就かせるよう再三にわたり被告に要求したが、被告の不当な差別によってこれを拒否された。

したがって、組合員原告は昭和四六年度及び昭和四七年度に限れば、それぞれ別表一「手当額合計」欄記載の得べかりし賃金相当額の損害を被ったことになる。

5  亡坂ノ下千代子は昭和五七年八月九日死亡し、同人の夫である原告坂ノ下征稔、いずれも亡坂ノ下千代子の子である原告坂ノ下映子、同坂ノ下純子及び同坂ノ下冬樹は亡坂ノ下千代子を相続した。

6  よって、不法行為に基づき、被告に対し、原告組合は前記4一記載の損害額合計五五〇万円及び内金一〇〇万円に対する不法行為後の昭和四八年九月二一日から、内金四〇〇万円に対する不法行為後の昭和五八年一一月一九日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の各支払を、別表一「氏名」欄記載の原告らは同表当該原告についての「手当額合計」欄記載の各金員、原告坂ノ下征稔は金七万二〇〇四円、同坂ノ下映子、同坂ノ下純子及び同坂ノ下冬樹はいずれも金二万四〇〇一円並びに以上の各金員に対する不法行為後の昭和四八年九月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  1当事者について

被告は、自動車の製造販売を業とする株式会社で、昭和四一年八月一日プリンス自工を吸収合併して、プリンス自工の従業員に対する雇用関係を承継したものであり、東京都内の荻窪、村山、三鷹その他に工場や事業所を有していること、プリンス自工に、その従業員をもって組織する労働組合が存在したこと、現在、被告会社従業員をもって組織する原告組合が存在することは認め、原告組合がもとプリンス自工に存した労働組合と同一性を有することは不知。

2  2背景事実について

合併前、プリンス自工の従業員約七五〇〇名は原告組合に所属しており、他方被告の従業員約三万二〇〇〇名は全日産労組を組織していたこと、自工労組は昭和四一年八月の企業合併と同時に部門労組と名称変更し、翌昭和四二年六月に日産労組に組織統合されたこと、原告ら主張の東京地方裁判所の団体交渉応諾仮処分命令、東京地方労働委員会の救済命令、中央労働委員会の再審査命令が発せられたこと、右中央労働委員会の再審査命令が確定した昭和四二年はじめから被告会社は原告組合の存在を認め、団体交渉開催のための事務折衝を持つに至ったことはいずれも認め、自工労組が原告組合の一部組織員の規約無視による強引な組織運営により発足したこと、プリンス自工従業員の大多数が原告組合から脱退したが、原告組合は執行部を中心に一五二名が組織に踏み止どまって存続したことは不知、その余の事実は否認する。

3  3不法行為について

(一) (一)残業差別について

被告は、合併後、プリンス自工の労働条件を徐々に被告のそれに統一させていき、昭和四二年二月からはもとプリンス自工の工場であり、組合員原告らの就労場所である荻窪、三鷹及び村山の三工場でも被告会社の勤務体制を実施するようになったこと、この新勤務体制の内容や残業の状況が原告ら主張のとおりであること、この勤務体制、残業時間の導入にあたり、被告は、部門労組とは協議したが、原告組合には協議の申し入れをしなかったこと、被告は毎月あらかじめ全日産労組と協議し、その組合員に計画残業に基づく残業を命じているが、原告組合の組合員は計画残業体制に組み入れず、昭和四八年五月まで、間接部門をも含めて一切の残業に就かせていないことは認め、被告は原告組合の存在を嫌悪する余り、その組織を破壊し、被告の職場からその存在を抹殺しようと企図してこのような措置をとったものであることは否認する。

被告の残業は、計画残業とそうでない残業に大別される。計画残業とは原告ら主張のとおりのものであるが、被告はこれを毎月組合に提示して組合の同意を得るものとし、全日産労組と被告間では、前記合併前からこれに基づいて各従業員に残業を命じ、全日産労組組合員は特段の事由がない限りこれに協力し来たっているものであって、このような職場の慣行が樹立されたのは、従業員がその自由意思で毎日勝手に残業したりしなかったりすると、残業に混乱を招き、生産計画は達成不能となり、業務上の支障損害を蒙ることを組合並びに全日産労組組合員が充分認識しているからに外ならない。このようにして全日産労組及びその組合員は従来から被告会社の残業に全面的に協力してきたのであるが、原告らは、計画残業を強制残業であると称して、当初からこれに反対していたのみならず、かえって被告に対して自由意思で毎日勝手にしたりしなかったりすることのできる残業をさせろと要求した。右のような反対ないし要求は計画残業を否定するものであることはもとより、そうでない残業についてもこれを否定するものに外ならない。かくして被告は、組合員原告らを残業に組入れると業務上の支障損害を蒙るのが明らかなので、これを組入れなかったのであり、もとより正当な措置である。

また、被告は、昭和四六年五月二五日付の東京地方労働委員会の被告に対する「原告組合の組合員に対し、時間外労働を命ずるにあたって、同組合組合員であることを理由として、他の労働組合員と差別して取扱ってはならない」旨の命令が出された直後から、計画残業に原告組合員を組入れるべく原告組合と交渉したが、原告組合が全く応じようとしなかったので、結局昭和四七年四月一八日に交渉は物別れに終わった。しかして、その後中央労働委員会の命令が出された後に更に計画残業に服するよう申し入れたが原告組合の組合員は今もってこれに反対している。

このようにして、原告組合の組合員は計画残業の下における残業に服する意思はなかったのであるから、被告が原告組合の組合員に残業を命じなかったとしても、何ら違法はなく、不法行為を構成するものではない。

(二) (二)組合事務所・掲示板の便宜供与差別について

プリンス自工は昭和四一年四月ころ、荻窪、三鷹、村山の各工場に組合事務所(右各工場に各一箇所)及び掲示板(右各工場の通用門、食堂、組合事務所付近に大型各一枚、各職場内に小型各数枚)を設置し、自工労組に貸与していたこと、同年八月一日の企業合併後、被告においても部門労組ないし全日産労組に組合事務所・掲示板の便宜供与をしてその使用を認めているが、原告組合には右便宜供与を与えていないこと、現在被告が原告組合の組合員が勤務する工場・事業所において全日産労組に無償貸与している事務所は、前記三工場及びテクニカルセンター(ただし各構外)に各一箇所であり、また、同組合掲示板については、荻窪工場大型三枚、小型四四枚、村山工場大型三枚、小型一一九枚、三鷹工場大型一枚、小型一二枚であることは認め、その余の事実は否認する。ちなみに、原告組合員数は、昭和五九年五月二二日現在、荻窪一一名(内一名は六月村山へ異動予定)、三鷹六名、村山四四名、テクニカルセンター六名である。

不当労働行為の禁止は国民たる使用者の国家に対する義務であり、これに対して不法行為は民法の債権法上の制度であるから、不当労働行為が成立するからといってそれが直ちに不法行為を構成するものではない。しかして、法は便宜供与は、実質上金銭の援助に外ならず、労働組合法七条三号の不当労働行為であるが、最小限の広さの事務所の貸与に限って例外的に許容するが、これを法が奨励するものではなく、右のような事務所であっても本来好ましくはなく、できれば貸与しない方がよいとするものであって、便宜供与を拒否することは、むしろ法の趣旨にかなうものであり、不当労働行為を構成するものではない。そして、便宜供与拒否を不法行為として金銭賠償を要求することは、経理上の援助を要求することに外ならない。ところで、本件のように従業員が加入する労働組合が二つ存する場合、使用者がその一方にのみ組合事務所を貸与し、他方に貸与を拒否したとしても、便宜供与は本来好ましくないのであるから、このような好ましくない現象を他の労働組合との間にも波及させるべきでなく、これを不当労働行為とすることは法の力をもって使用者の財産を労働組合に提供貸与するものであって、背理である。また、このような使用者の財産を労働組合に移転することは、私人間の合意によってする他なく、明文のない限り、これを強制することはできない。また、二つの労働組合を平等に取り扱うべきであるとする立論もそのような義務の発生根拠が不明であるし、誰に対する義務かも疑問であり、仮にそのような義務があるとしても合理的理由による差別は許されるべきものであるところ、被告会社は全日産労組に対しては労使協調路線を採るので、その代償としてやむを得ず便宜供与をしているのであるが、原告組合は労使協調を極度に嫌悪し、被告会社と対立闘争することによりその存在価値を発揮しようとしており、被告会社に強い不信の念を持ち、被告会社を誹謗中傷し、被告会社の経営方策にことごとく反対したりしている。このような原告組合とは便宜供与の一方の対価となる基盤がなく差別に合理的理由がある。

(三) (三)団体交渉における差別について

被告が、合併当初、原告組合の存在を否認していたこと、昭和四二年三月二二日から原告組合との団体交渉に応ずるに至ったこと、被告と原告組合との団体交渉の被告側出席者や開催場所が原告主張のとおりであることはいずれも認め、その余は否認する。

被告会社は原告組合との関係でも、全日産労組との関係でも、団交事項につき団交の席で即座に意思決定することはせず、団交終了後に被告会社内で協議の上、決定し次の団交で伝えているのであって、出席者の差異による意思決定についての差別は存在しない。

原告組合は、団体交渉において全日産労組との完全なる平等扱いを要求しているもののようであるが、そもそも、団体交渉の対象たる労働条件の基準は、全従業員に画一的な内容で一律に適用しなければならない本質を備えるものであるところ、全日産労組は五万人を超える被告の従業員のうち、原告組合の組合員と管理職を除く全員が加入しているのに対し、原告組合の組合員は六七名で、全日産労組の組合員数の千分の一という比較にならないほどの少数であり、したがって、全日産労組が被告の従業員の殆ど全員の意向を代表しているものであって、被告は全日産労組との団体交渉を重視優先せざるを得ず、更に、原告組合は合併の段階から合併反対の態度をとり、当初から被告を敵視して日産闘争なるものを手を変え品を変え実行してきたものであって、被告と原告組合との間には信頼関係が全くないのに対して、全日産労組との間には十分な労使間の信頼関係があり、この点からも被告が全日産労組との団体交渉を重視するのは当然であり、被告の全日産労組との団体交渉の取扱いと原告組合との団体交渉の取扱いとの間に差異があっても、何ら違法とされるものではなく、これが不法行為を構成するものではない。

4  4損害について

(一)の主張は否認する。

(二)の事実中、組合員原告がそれぞれ原告ら主張の職場に属していること、昭和四六年度及び昭和四七年度において別表一「氏名」欄記載の各組合員原告とそれぞれ同一事業所の同一部内に勤務する全日産労組所属の従業員に被告が課した計画残業の時間数、被告における時間外手当算出の基礎となる組合員原告の基礎賃金額及び支給率がいずれも原告ら主張のとおりであること、以上の事実は認めるが、その余の事実は否認する。

5  請求原因5の事実は認める。

三  抗弁

1  仮に組合員原告が残業に関する損害賠償請求権を有するとしても、右各人に残業を命じるようになった昭和四八年六月から同年九月までの同人らの残業実績は別表二「昭和四八年度における原告らの残業実績時間数」欄記載のとおりであり、同表に示す計画残業に全面的に協力している全日産労組の組合員の残業実績即ち「同期間における原告以外の者の残業実績時間数」欄記載の時間数と比較して極めて低く、昭和四六年度及び昭和四七年度について全日産労組の組合員と同じ時間残業したものとして算出された組合員原告らの損害額は過大に失する。

2(一)  残業差別による原告組合に対する不法行為は、昭和四二年二月から開始されたものとして主張されており、右時点において原告組合は損害の発生を知ったものというべきであるところ、その時から本件提訴までに既に六年が経過している。

仮に、右時点では損害の発生を知ることができなかったとしても、本件提訴時の三年前までには右損害の発生を知ったものというべきである。

(二)  被告は右時効を援用する。

四  抗弁に対する認否と主張

1  抗弁1の事実中、全日産労組所属従業員らの昭和四八年六月から同年九月までの間の総残業時間の平均が別表二「同期間における原告以外の者の残業実績時間数」欄記載のとおりであり、組合員原告の右期間における総残業時間が別表二「昭和四八年度における原告らの残業実績時間数」欄記載のとおりであることは認めるが、その余の事実ないし主張は争う。

2  被告の原告組合に対する不法行為は昭和四二年二月から昭和四八年五月まで単一の不当労働行為意思の下に行われた継続的不法行為であり、原告組合が損害を知ったのは右不法行為が完了した時点である。したがって、未だ時効は完成していない。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  当事者

被告は、自動車の製造販売を業とする株式会社で、昭和四一年八月一日プリンス自工を吸収合併して、プリンス自工の従業員に対する雇用関係を承継したものであり、東京都内の荻窪、村山、三鷹その他に工場や事業所を有していること、プリンス自工に、その従業員をもって組織する労働組合が存在したことはいずれも当事者間に争いがない。

二  背景事実

合併前、被告の従業員約三万二〇〇〇名は全日産労組に所属していたこと、自工労組が昭和四一年八月の企業合併と同時に部門労組と名称変更し、翌昭和四二年六月に全日産労組に組織統合されたこと、現在、被告会社に原告組合が存在すること、被告に対し、東京地方裁判所の団体交渉応諾仮処分命令(昭和四一年九月一七日付決定)、東京地方労働委員会の団体交渉応諾を命ずる旨の不当労働行為救済命令(同年七月一二日付命令)、中央労働委員会の再審査命令(同年一一月二六日付命令)が各発せられ、右再審査命令が確定した昭和四二年はじめから被告会社は原告組合の存在を認め、団体交渉開催のための事務折衝を持つに至ったことはいずれも当事者間に争いがなく、右事実と、いずれも成立に争いのない甲第一ないし第五号証、第一一ないし第一三号証、第二六号証、第五四号証、原告代表者本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる同第五三号証、いずれも原本の存在及び成立に争いのない乙第四五、四六号証、第五〇号証の二、四ないし六及び一三、第五二号証、第五六号証の一及び二、第五七号証、第六〇号証、右同第四六号証の記載により原本の存在及び成立の認められる同第四一号証、いずれも弁論の全趣旨により原本の存在及び成立の認められる同第五〇号証の七、第五一号証の八の一及び二、同号証の九、証人鈴木孝司の証言並びに原告代表者本人尋問の結果によれば次の各事実が認められる。

1  合併前、プリンス自工には日本労働組合総評議会全国金属労働組合東京地方本部プリンス自動車工業支部(以下、「全金プリンス支部」という。)が存し、同社の従業員約七五〇〇名は、右組合に所属していたが、昭和四〇年五月にプリンス自工と被告との合併が発表されてから、全金プリンス支部は右合併及び合併後の全日産労組との組織統一等についての態度決定を迫られ、同組合執行部は合併に伴う労働条件の引き下げを行わないこと等をプリンス自工に要求するなどして合併に消極的な姿勢を示したが、他方全日産労組は合併に協力的な態度を示しており、全金プリンス支部に対し、その方針を転換し、全日産労組と組織統合して右合併に備えるよう求めていたところ、全金プリンス支部の組合員にも執行部の方針に批判的な勢力が生じて大勢を制するに至り、昭和四一年三月三〇日の支部臨時大会において全金プリンス支部の全金からの脱退及びこれに伴う規約改正の決議を行い、同年四月二日全員投票によって右規約改正を承認し、プリンス自工及び全金にその旨通告した。しかし、執行部を中心とする全金プリンス支部の組合員一五二名は、右一連の決議の効力を否定し、自工労組は支部の分派により新たに結成された第二組合であって、全金プリンス支部は未だ全金の支部として存続していると主張し、プリンス自工に対し、右組合員一五二名の氏名を通告して団体交渉を申し入れるなどの活動を続け、現在の原告組合に至っている。

2  プリンス自工は、前記自工労組の通告を受けて、全金プリンス支部は全金から脱退し、名称を変更して自工労組となるに至ったとの見解から、原告組合の団体交渉の申し入れを拒否し、合併後の労働条件について自工労組とのみ協定を結び、原告組合やその上級機関の役員の会社構内への立入りを拒否するなど、原告組合を労働組合として認めない態度をとり、合併後の被告も同様の態度をとった。そして、右団交拒否については、前記仮処分命令や不当労働行為救済命令が発せられ、昭和四二年はじめから被告は原告組合の存在を認め、団体交渉開催のための事務折衝を持つに至ったことは前記のとおりであるが、右折衝を経て、同年三月二二日を第一回として原告組合と被告との間で団体交渉が持たれるようになった。しかし、右の他にも、プリンス自工や被告のとった措置ないし態度について、全金や支部は、〈1〉プリンス自工が支部組合員らに対する全日産労組の働きかけにつき側面援助を行っているものである、〈2〉合併後に被告が行った支部所属組合員六名の配置転換は労組法七条一号の不当労働行為であるなどとして、それぞれ東京都地方労働委員会に救済申立をするなどの対抗手段をとって、その対立はいよいよ深まって行った。なお、右〈1〉の申立に対しては、昭和四一年七月二六日付けでプリンス自工は工場長、課長をして支部の組合員に対して全金の支持を弱めるような言動をなさしめたり、また、係長、班長が係員に対して就業時間中に同旨の説得活動を行うことを放置してはならず、プリンス自工は全金の組合員以外の者が全金の支持を弱めるような活動をするに当たって、プリンス自工の会議室や食堂を利用させるなどの特別の便宜を供与してはならないとの一部救済命令が発せられて確定し、〈2〉の申立てに対しても、昭和四六年四月六日付けで、六名の原職ないし原職相当職への復帰を内容とする救済命令が発せられ、これについては、再審査手続きの段階で原職復帰の線に沿う和解で解決している。

三  原告が不法行為として主張する行為

1  残業差別について

プリンス自工と被告は賃金体系・勤務体制等の労働条件に関し大きな差異があったが、合併後被告はプリンス自工の労働条件を徐々に被告のそれに統一させていき、昭和四二年二月からはもとプリンス自工の工場であり、組合員原告らの就労場所である荻窪・三鷹・村山の三工場でもプリンス自工とは全く異なる被告の勤務体制を実施するようになったこと、この新勤務体制は、製造部門においては、昼夜二交替の交替制の勤務体制をとり、被告が毎月の生産計画に基づき、職場単位で当該月間の従業員一人当たりの必要残業時間数を算出決定し、各従業員に対し、恒常的に、早番、遅番とも一日通常二時間、ときには一時間の時間外勤務及び毎月一回程度の休日勤務が予め割り振られ、これに従って実行され、間接部門では、交替制勤務はないが、業務の必要に応じて一日四時間、一か月五〇時間の範囲内での残業及び毎月一回の休日勤務が命じられるというものであったこと、これらの勤務時間・残業時間について被告はあらかじめ毎月全日産労組と協議し、協定を結んでいたこと、この勤務体制、残業方法の導入にあたり、被告は、部門労組とは協議したが、原告組合には協議の申入れをしなかったこと、被告は毎月あらかじめ全日産労組と協議してその組合員に計画残業に基づく残業を命じているが、原告組合の組合員は計画残業に組入れておらず、昭和四八年五月まで、同組合員には間接部門も含めて一切の残業に就かせていないこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

右事実と、いずれも成立に争いのない甲第三四号証、第三六号証の一、いずれも証人鈴木孝司の証言により真正に成立したものと認められる同第二二号証、第三六号証の二、いずれも原本の存在及び成立に争いのない乙第二、第三号証、第一〇ないし第二八号証、第三〇ないし第三二号証、第四六ないし第四八号証並びに証人鈴木孝司の証言によれば、次の事実が認められる。

(一)  合併前のプリンス自工の製造部門においては二直二交替ないし二直三交替制の勤務体制により深夜勤務が実施されていたが、右深夜勤務者に対しては殆ど残業を課すことはなく、昼間勤務者に対しては多少の残業を課すことはあったが、残業を命ずるにあたっては、現場上司が各部下に個別的に残業に服するかどうかを確かめ、残業応諾者のみで不足するときは他の部署から応援を求めるなどして所要人員を確保し、これらの者に対して業務命令を出すという方法の、いわゆるプリンス方式による残業が行われていた。

(二)  被告がプリンス自工の製造部門に導入した前記交替制と計画残業は、従来から被告の他の工場において採用されてきたものであって、所与の生産設備と労働力を十二分に活用して生産効率を挙げることを目的として考え出された勤務体制であって、両者は密接な関連を有するものであった。そして、計画残業は前記1のとおりのものであったから、製造部門、特にベルトコンベアー作業に従事する従業員中に計画残業に服さない者が出たばあいには、他の従業員を補充して作業にあたらせなければならず、この補充体制を整えるためにはかなりの手数を要し、したがって、計画残業に服することの不確実な従業員を右作業に組み入れるときには、作業の円滑な遂行が阻害されることが予想された。

(三)  計画残業をプリンス自工の工場に導入するにあたっては、合併前に自工労組との間に基本協定が締結されていたが、原告組合は被告が合併後プリンス自工の工場にこれを導入する以前から深夜勤務反対の旨を情宣活動等において表明し、また、右導入後も支部は昭和四二年三月から六月ころまでの間、春闘やメーデー参加等に際して、計画残業に反対する活動を展開しており、原告組合の組合員が計画残業に組み入れられなかったことにつき、そのころはこれを差別的取り扱いとして抗議したり、是正を要求したりすることはなかった。

(四)  前記のとおり昭和四二年三月二二日以降被告が原告組合と団体交渉を持つようになって後の同年六月三日の団体交渉において、原告組合から初めて被告の原告組合組合員に対する残業に関する措置の問題が提起されたが、同年中において被告の示した態度は、原告組合の組合員を残業から排除しているのは被告の方針ではなく、現場職制の支部組合員に対する不信感に由来するものであり、支部が残業反対を唱え、必要な時に残業をやらないという態度では職制も残業を頼むことはできないと述べ、原告組合は、原告組合が反対しているのは強制残業についてであって、三六協定に基づく残業には従来から協力してきたと応酬して推移し、進展をみなかった。そこで、支部は同年一二月一五日、被告に対し、夜間勤務に応ずる条件として〈1〉週五日制にすること、〈2〉昼間よりベルトコンベアーのスピードを落とすこと、〈3〉夜勤手当を増額することなどを要求して団体交渉を申し入れるとともに同月二七日、残業をめぐる紛争について東京都地方労働委員会に斡旋を申し入れた。

昭和四三年一月二六日、東京都地方労働委員会斡旋員の勧告に基づき行われた団体交渉において、初めて、被告は原告組合に、交替制と計画残業は組み合わされて一体をなすものであることや、計画残業の内容、手当等について具体的な説明を行うとともに、全日産労組は右のような勤務体制を承認し、これに服しているのであるから、支部が製造部門において、これと同一の労働条件のもとに支部組合員が計画残業に服することについて同意しない限り組合員を残業に組入れることはできないとの考えを示し、間接部門においては各職制がその判断によって残業させるが、各職制が原告組合組合員に残業をさせないのは一般に同組合員が全日産労組組合員と同じ勤務体制に服する姿勢を示さないからであると考えられる旨述べ、支部が夜間勤務に応ずる条件として提示した前記要求についてはこれを拒否した。これに対して、原告組合は、残業協定と夜間勤務は別個の問題であり、夜間勤務については原則的に反対する旨述べ、現在の条件のままでは夜間勤務には応じられないとして交渉は物別れに終わり、結局前記のとおり昭和四八年五月まで、原告組合の組合員には一切残業を命じなかった。

2  組合事務所・掲示板の便宜供与差別について

プリンス自工は昭和四一年四月ころ、荻窪、三鷹、村山の各工場に組合事務所(右各工場に各一箇所)及び掲示板(右各工場の通用門、食堂、組合事務所付近に大型各一枚、各職場内に小型各数枚)を設置し、自工労組に貸与していたこと、同年八月一日の企業合併後、被告においても部門労組ないし全日産労組に組合事務所等の便宜供与をしてその使用を認め、原告組合には右便宜供与を与えていないこと、現在被告が原告組合の組合員が勤務する工場、事業所において日産労組に無償貸与している事務所は前記三工場及びテクニカルセンターに各一箇所であり、また、同組合掲示板については、荻窪工場大型三枚、小型四四枚、村山工場大型三枚、小型一一九枚、三鷹工場大型一枚、小型一二枚であること、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

右の事実と、いずれも成立に争いのない甲第三三号証、第三五号証、第四四、第四五号証、原本の存在及び成立に争いのない同第六〇、第六一号証、第六三号証、第六五号証、乙第五二号証、第五三号証の一ないし四、第五六号証の一、二、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立が認められる同第五一号証の一三、証人鈴木孝司の証言、原告代表者本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(一)  昭和四一年三月二日、自工労組とプリンス自工との間で、労使の諸慣行は従前どおりこれを尊重する旨の確認がされ、従前全金支部がプリンス自工から貸与を受けていた荻窪等三工場における組合事務所及び組合掲示板については自工労組の組合員らによって使用が継続されることになり、同組合員らが、原告組合の役員が執務に使用、占有していた組合事務所に押しかけ、その占有を排除して事務所の使用を開始した。

(二)  その後、前記のとおり、昭和四二年三月二二日以降開催されるようになった団体交渉において、原告組合が組合事務所等を貸与するよう要求したのに対し、被告は昭和四一年二月二八日に開催されたプリンス自工支部の臨時大会において従前の執行委員(専従者)一一名全員の職場復帰の決定がされていること及び専従者数が多すぎることを理由に、右一一名のうち永井委員長ら六名を職場復帰させることを求め、右問題が解決しない限り、事務所等の貸与についての交渉に応じる意思のない旨回答した。その後、同年八月、九月、翌四三年一月の団体交渉においても、右貸与問題が取り上げられ、原告組合は専従問題を棚上げにし、それとは別個に組合事務所等の貸与問題を解決するよう求めたが、被告はあくまでも専従問題の解決を抜きにすることはできない旨主張し、進展がなかった。

(三)  その後、昭和四四年から同四五年にかけて、中央労働委員会において、当時係属中の配転問題等に関する不当労働行為申立事件とともに組合事務所等の貸与問題も和解の対象とされることになり、中央労働委員会会長から検討を求められた被告は、同会長に対し、右申立事件を含めた懸案四件の一括解決を前提に、これを貸与する用意がある旨一定の提案をしたが、結局右和解は成立しなかった。

(四)  原告組合は、昭和四六年七月、中央労働委員会に対し、組合事務所等の貸与につき不当労働行為の救済申立をした。昭和四九年七月、再度和解勧告がなされ、被告は中央労働委員会会長に対し、同年一〇月に専従問題との同時解決を条件として、組合事務所は荻窪地区又は村山地区のいずれかのうち地続きの構外で被告が指定する場所に一か所を、掲示板は合計二枚を、それぞれ貸与する旨の和解案を提案したが、荻窪等三工場に組合事務所を貸与するよう求めていた原告組合はこれを拒否し、右和解も不調に終わった。

(五)  以上のような和解交渉が行われている間も、原告組合は被告に対し再三貸与問題について団体交渉をするように求めたが、被告は和解進行中を理由にこれを拒否し、組合事務所等の貸与に関する団体交渉を行っていない。

3  団体交渉における差別について

被告は、被告会社の原告組合に対する団体交渉の拒否が不当労働行為であるとの救済命令が出されて以降、翌四二年三月二二日から一応原告組合の団体交渉の申し入れを受入れるに至ったこと、同日以降の団体交渉において、被告は全日産労組との交渉は本社会議室において社長、副社長、専務及び関係役員を出席させて行うが、原告組合との交渉は日産健康保険組合井の頭会館で行い、会社内では行わず、その出席者中最上位役職者は荻窪工場総務部長であって、取締役を出席させてはいないこと、被告が両組合が同一の問題につきほぼ同一時期に要求を提出し交渉する場合、原告組合に対する回答は被告が全日産労組と妥結した後にその妥結内容と同一の内容でしていること、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

四  そこで、右三の各行為の不法行為該当性について判断する。

1  はじめに、原告組合は、被告の右三1の行為は不当労働行為であり、原告組合の名誉及び団結権を侵害する不法行為をも構成すると主張するので、この主張から検討することとする。

(一)  まず、名誉侵害の点についてであるが、労働組合にも法的に保護されるべき社会的評価があり、これが故意、過失により違法に侵害された場合には当該組合は侵害者に対して不法行為による損害賠償を求め得るものというべきであるが、右三1の被告の行為が原告組合の社会的評価を低下させるものとはいい難く、原告組合の被告に対する右行為による不法行為の損害賠償請求を認める余地はない。

(二)  次いで、団結権侵害の主張について考える。

(1) 憲法二八条により保障される労働者の団結権、団体交渉権及び団体行動権は、その権利としての直接の内容は自由権及び社会権として国家に対する関係で効力を有するものであるが、右憲法上の保障は、右各権利を労使間を中心とする私人間でも尊重すべきことを公序として定める趣旨をも含むものと解すべきであるから、労働者及び労働者が右各権利を行使するために組織する労働組合の、団結、団体交渉、団体行動等右各権利に基づく活動を行う利益は、法律上保護されるべき利益にあたるものというべきである。そして、右活動が阻害されたことによる損害は、金銭的評価が可能であり、かつ、金銭による賠償が社会通念上相当なものと考えられるから、民法七一〇条にいう財産以外の損害に該当するものと解すべきであり、したがって、使用者が故意又は過失により労働者及び労働組合が有する右各利益を違法に侵害して右活動が阻害されたものと認められる場合には、不法行為が成立するものということができる。

ところで、労働組合法七条は不利益取扱、団体交渉拒否、支配介入等、使用者による労働者及び労働組合の右活動を阻害する一定の行為を不当労働行為として禁止し、同法二七条で、使用者がこれに違反した場合には、労働委員会が救済命令を発し得るものとしている。この不当労働行為救済制度は、右各権利に基づく活動を行う利益に対する侵害により労働者や労働組合に生ずる損害の回復を直接の目的とするものではなく、右禁止規定に違反する行為によって損なわれた集団的労使関係秩序の是正措置を講じて将来の正常な集団的労使関係秩序の形成、確保を図る制度であって、右利益の侵害による不法行為の私法的救済とは機能を異にするものであるから、不当労働行為として救済が可能な行為については不法行為による損害賠償請求が妨げられるというものではない。そして、本件では前記三1の行為につき既に不当労働行為の救済命令が発せられているのであるが、このような場合にも、救済命令によって右利益の侵害による損害が事実上回復されていれば重ねて不法行為に基づく救済は求め得ないことになるが、未だ回復されない損害が残るのであれば、その部分について不法行為に基づく損害賠償を請求し得るものというべきである。

(2) 次に、右不法行為の判断方法についてであるが、右のとおり労働組合法七条は正常な集団的労使関係秩序の形成、確保を図る救済命令の発布の要件を定めた規定であるから、同条に違反する行為はそれだけで直ちに不法行為にも該当するものとはいえず、右該当性の判断は不法行為の成立要件に従ってなされるべきものではあるが、不当労働行為救済制度も前記憲法上の団結権等の保障を実効あらしめるための制度というべきであるから、右救済命令によって形成、確保が図られるべき集団的労使関係秩序も、前記憲法が労使関係を中心とする私人間において定める公序と別異の内容を有するものではなく、右労働組合法七条は労働者及び労働組合の有する前記憲法上の権利に基づき活動する利益を違法に侵害する行為のうちの一定の類型を不当労働行為として定めたものと解すべきであり、したがって、右規定に違反する行為の違法性については、特段の事由のない限り、右規定に定める不当労働行為に該当するということをもって当然に右利益を違法に侵害するものと考え、右公序違反としての違法性を備えるものと判断することができる。

(3) そこで、前記三1の行為の不当労働行為性について検討する。

イ 前記のとおり、被告の荻窪、三鷹及び村山の三工場においては、昭和四二年二月の計画残業の導入以来、全日産労組所属の従業員には、直接部門の全部及び準直接部門の一部では昼夜二交替制勤務で、早番、遅番とも一日通常二時間、ときには一時間の時間外勤務及び毎月一回程度の休日勤務をあらかじめ予定勤務時間として組み込んで命じており、その余の準直接部門及び間接部門では交替制勤務は採らないが業務の必要に応じて一日四時間、一か月五〇時間の範囲内での残業及び毎月一回の休日勤務を命じているのに対して、原告組合所属の従業員には中央労働委員会の再審査命令がなされた後の昭和四八年五月まで一切計画残業体制に組み入れず、交替制勤務のない準直接・間接部門をも含めて、一切の残業に就かせていない。

ところで、一般的には残業を命じることは使用者の業務命令権に属することであって、従業員が右命令に服する義務を負うか否かは問題になるにしても、これを命じないことが直ちに労働者や労働組合に対する不利益をもたらすものではない。しかしながら、右のとおり残業が恒常的に行われており、しかも前記のとおり毎月の賃金における残業手当の割合が生活上無視できない程度に大きなものになっているという被告従業員の労働事情の下において、右のように被告が企業内に併存する全日産労組と原告組合の二組合のうち全日産労組の組合員にのみ残業を命じ、原告組合の組合員には長期間継続して残業を命じないことは、当該組合員の生活に原告組合への帰属を原因とする経済的圧迫を加えるものであり、また、これを介して、当該組合員の原告組合への帰属を妨げ、あるいは原告組合の経済的基盤を脆弱化させるなどしてその組織に打撃を与えるものというべきであって、労働組合法七条一号の不利益取扱いあるいは同条三号の支配介入となり得るものというべきである。

ロ ただ、前記のとおり原告組合は被告とプリンス自工との合併以前から一貫して計画残業に反対の態度を表明しており、そのため被告は荻窪、三鷹及び村山の三工場に計画残業を導入するに際しても、原告組合とは協議を行うことなく、原告組合の組合員を残業に組入れなかったところ、昭和四二年六月の団体交渉で原告組合から原告組合の組合員にも残業をさせるよう申し入れを受け、同年一月二六日の団体交渉で原告組合の組合員に残業を命じる条件として、原告組合が全日産労組と同様に交替制勤務と計画残業に服することという条件を提示したが、原告組合は右条件に承服せず、原告組合と被告の間では残業に関する協定の締結に至らなかったものである点は問題となる。

即ち、一般的、抽象的に論ずる限り、同一企業内に存する複数の労働組合はそれぞれ全く独自に使用者との間に労働条件について団体交渉を行い、自由な意思決定に基づき労働協約を締結し、あるいはその締結を拒否する権利を有するものであるから、右のように併存する労働組合の一方は一定の労働条件の下で残業することで使用者と協約を締結したが、他方は右と同一の条件での残業について反対の態度をとったため協約の締結に至らず、その結果、後者の組合員には残業が命ぜられず、前者の組合員と対比して残業に関する取扱いに差異が生じているとしても、それは使用者と労働組合との間の自由な取引の場において各労働組合が選択した結果にすぎず、原則として不当労働行為の問題が生ずる余地はないものといわなければならない。

しかしながら、右のとおり複数組合の併存下において各組合がそれぞれ独自の存在意義を有し、団体交渉権及び労働協約締結権を保障されているということは、同時に、使用者が右各組合の団結権を平等に承認、尊重し、すべての場面で右各組合に対する中立的態度を保持して、いずれの組合との間においても誠実に団体交渉を行うべきことが義務付けられていることを意味するものというべきであり、右のように使用者の残業に関する取扱いの組合間の差異が、使用者と労働組合間の自由な取引の場における各組合の選択の結果だといい得るのは、使用者の右のような義務が守られ、各組合が自由な意思決定に基づいて右結果を選択し得るような状況にあることを前提としてのことといわなければならない。

もっとも、中立的態度の保持、平等取扱いといっても、併存する労働組合の組織人員に大きな開きがある場合には、各組合の使用者に対する交渉力に大小の差異が生ずるのは当然であるから、使用者が右各組合との団体交渉において、その現実の交渉力に対応して態度を決することは是認されるべきであって、例えば、同一企業内に圧倒的多数の従業員を組合員として擁する多数派組合と、ごく少数の従業員を組合員として擁するにすぎない少数派組合が併存する場合に、その企業における勤務体制に関する労使問題を処理するにあたって、使用者が多数派組合との間で合意に達したと同一の条件で少数派組合とも妥結しようとして、これを譲歩の限度とする強い態度を示したとしても、一般に勤務体制が職場全体を通じて均等な条件による統一的なものであることが使用者にとって望ましいものであることに鑑みれば、その態度は右各組合の交渉力に応じた合理的、合目的的な対応というべく、これを右義務に反するものとすることはできない。そして、このような場合に、労使双方があくまで自己の条件に固執して少数組合との間には協約が成立せず、その結果、同組合の組合員が協約の成立を前提としてとられるべき措置から除外されて、同組合員に経済的不利益をもたらし、ひいては同組合の組合員の減少、組合内部の動揺、団結力の低下を招くに至り、更には、使用者が前記のような態度を取ることによって右のような事態が生ずるであろうことは容易に予測し得ることであったとしても、これをもって右使用者の態度が右少数組合の弱体化を企図したものであるとの短絡的な推断をすることは許されない。

以上の見地に立って、本件をみるに、まず、被告が荻窪、三鷹及び村山の三工場の製造部門に導入した前記交替制と計画残業は、前記のとおり両者密接に関連しながら、所与の生産設備と労働力を十二分に活用して生産効率を挙げる勤務体制である。そして、右計画残業は右勤務体制に基づき前記のようにして算出され、各従業員に割り振られるものであるから、製造部門、特にベルトコンベアー作業に従事する従業員中に計画残業に服さない者が出た場合には、他の従業員を補充して作業にあたらせる必要が生じ、この補充体制を整えるためにはかなりの手数と時間を要するものと考えられ、したがって、計画残業に服することが不確実な従業員を右残業に組入れるときには、作業の円滑な遂行が阻害されることになる。そのため、被告は昭和四三年一月二六日の団体交渉において、原告組合に対し、製造部門においては、被告が全日産労組との労働協約に基づき実施しているのと同一の労働条件の下に原告組合の組合員が計画残業に服することについて合意することを強く主張し、原告組合が右被告の提案に同意しない限りその組合員を残業に組入れることを全面的に拒否する旨の態度を示したのであるが、計画残業が前記のようなものであるところ、原告組合が計画残業に同意を表明しない状況のもとでは、個々の組合員が計画残業に服するか否か予測しがたいこと、前記交替制勤務及び計画残業は被告がプリンス自工と合併する以前からその工場で採用してきた制度であり、合併後これを前記三工場に導入するについても圧倒的多数の従業員をもって組織する全日産労組の同意を得られたものであること、しかも、その制度自体の合理性も否定できず、かつ、同一の事業場においては全従業員が統一的な勤務体制により就労することによって効率的な作業運営が図られるものであることなどの諸点に鑑みると、右被告の態度は合理的理由を有するものであって、この限りでは非難することができないものである。

ハ しかしながら、団体交渉の場面でみる限りは合理的、合目的的な取引活動とみられる使用者の態度であっても、当該交渉事項については既に当該組合に対する団結権の否認ないし同組合に対する嫌悪の意図が決定的動機となって行われた行為があり、当該団体交渉がそのような既成事実を維持するために形式的に行われているものと認められる特段の事情がある場合には、これを全体的にとらえて、右交渉の結果としてとられている使用者の行為についても不当労働行為が成立するものといわなければならない。

しかるところ、前記認定にかかる事実によればまず、交替制勤務と計画残業の導入にあたり、被告は、かかる労働条件の変更を伴う勤務体制を事業場に導入するに際して、当時は前記被告に原告組合との団体交渉に応ずべきことを命ずる救済命令が確定し、両者の団体交渉の開始が準備されている段階で、右導入について原告組合に被告の意向を提案すること自体に格別困難な状況がなかったにも拘わらず、全日産労組とのみ協議してその導入を決定し、原告組合とはなんらの協議を行うことなく、一方的に原告組合組合員を昼間勤務にのみ配置し、交替制勤務のない準直接部門及び間接部門をも含めて、一切の残業に就かせていないことが明らかである。

尤も確かに、原告組合は合併前から右勤務体制の導入について検討のうえこれに反対の態度を決定し、右導入に際し深夜勤務反対等の情宣活動を行っているものであり、更に、右導入後も、後記第六回目の団体交渉までは、原告組合は組合員が計画残業に組み入れられないことを差別的取扱いとして抗議したり、是正を要求したりすることもないまま、右反対活動を継続していたことからみても、原告組合に対する右導入の説得の余地が乏しかったことは否定できない。しかしながら、ことがらは労働条件の中でも基本的な事項である勤務体制及び労働時間にかかわる問題なのであるから、原告組合の側に団体交渉に臨む姿勢が全くなかったといえない以上、右のような事情をもって、原告組合にはなんらの提案さえせず、全日産労組とのみ協議して右導入を決定し、原告組合の組合員は一切の残業から排除したことを正当ならしめる理由とすることはできず、右被告の態度は、原告組合の存在を無視して企業運営を図ろうとする意図のあらわれとみられてもやむをえないところというべきである。

また、右交替制勤務体制の導入後、昭和四二年六月の六回目の団体交渉において、原告組合から初めて被告の原告組合所属組合員に対する残業に関する措置の問題が提起されたが、これに対する被告の態度も、後記昭和四三年以降の被告の説明とは裏腹に、支部組合員を残業から排除しているのは被告の方針ではなく、現場職制の支部組合員に対する不信感に由来するものであると述べるなど、専ら抽象的、水掛け論的論議に終始して、交替制及び計画残業の内容やその必要性、妥当性につき説明して原告組合の説得を試み、その同意を取り付けるための努力を払った形跡は認められないことからも前同様の被告の態度が窺われるのであり、以上のところからすると、被告は、原告組合が前記のような情宣活動を行っていたことをいわば逆手に取って、誠意をもって交渉する態度を示さなかったものと認めるのが相当である。そして、前記のとおり、被告は右残業問題についての東京都労働委員会の斡旋によって開かれた昭和四三年一月二六日の団体交渉において初めて原告組合に右勤務体制及び計画残業についての具体的説明及び原告組合がこの勤務体制に同意しない限り同組合組合員を残業に組入れることができない旨の態度表明を行ったのであるが、その後も原告組合の組合員を残業に就かせない状態を継続したまま右態度を維持し続けているという状態で推移しており、昭和四八年六月に原告組合組合員を計画残業体制に組み入れるまで被告の右交渉態度に特段の変化があったものとは到底認められない。

更に、間接部門においては交替制勤務や計画残業は実施されておらず、各職制が必要に応じて残業をさせるという方式が採られており、しかも原告組合も三六協定に基づく残業には応ずる旨表明していたのであるから、間接部門に属する原告組合の組合員に残業を命じることは可能であった(被告における圧倒的多数派組合である全日産労組との間に三六協定が締結されており、被告の就業規則には業務上必要があるときは被告が残業を命じ得る旨規定されている。)にかかわらず、被告は、間接部門においても、原告組合の組合員には残業を命じていなかったものである。被告は、原告組合との団体交渉において、その理由を、原告組合が製造部門において交替制及び計画残業に反対の態度をとっているため、原告組合の組合員に対する職制の信頼がなかったからであると説明しているが、右は交渉を有利に導くための取引手段としたものとしても、交渉目的との間に合理的関連性を欠くものといわざるを得ず、他にも何らこれを正当とし得る合理的理由を見い出し得ないものであり、したがって、ここに残業に関し原告組合所属の組合員を全日産労組所属の組合員と差別して取り扱い、原告組合の組合員を経済的に不利益な状態に置くことによって原告組合の組織の動揺ないし弱体化を図ろうとする意図が顕著に読み取れるものといわなければならない。

しかして、以上の各点に前記の経過を考え併せるならば、被告が原告組合所属の組合員に対して残業を一切命じなかったのは、同組合に対する団結権の否認ないし嫌悪の意図が決定的動機となったものであって、前記残業に関する団体交渉は、そのような既成事実を維持するために形式的に行われたものにすぎず、結局前記三1の行為は労働組合法七条一号ないし三号の不当労働行為に該当するものといわなければならない。

(4) したがって、前記三1の行為は原告組合の団結権に基づき活動する利益を違法に侵害するものということができるが、右(3)に述べたところによれば、右侵害が被告の故意に基づくものであることは明白であり、また、その侵害態様からすれば、これによって原告組合の組合活動が少なからず阻害されたことは容易に推認することができる。

(5) よって、被告の前記三1の行為は、原告組合に対する不法行為を構成するものというべきである。

2  原告組合は、被告の前記三2の行為についても、不当労働行為に該当し、原告組合の団結権を侵害する不法行為をも構成すると主張するので、次にこの主張について検討することとする。

(一)  使用者が労働組合の団結権に基づく活動を行う利益を違法に侵害し、右活動が阻害された場合には不法行為が成立すること、不当労働行為による救済が可能な行為についても不法行為による救済を求めることが可能であること、不当労働行為の要件と不法行為の要件は別個のものではあるが、不当労働行為に該当する行為は、特段の事由のない限り、当然に不法行為の違法性を備えるものと判断することができることは前記のとおりである。

(二)  そこで、前同様、右三2の行為の不当労働行為該当性から検討することとする。

(1) 労働組合による企業の物的設備の利用は、本来、使用者との団体交渉等による合意に基づいて行われるべきものであり、使用者は、労働組合に対し、当然に企業施設の一部を組合事務所等として貸与すべき義務を負うものではなく、貸与するかどうかは原則として使用者の自由に任されているということができる。しかし、同一企業内に複数の労働組合が併存している場合に、使用者としては、すべての場面で各組合に対し中立的な態度を保持し、その団結権を平等に承認、尊重すべきであること前記のとおりであり、各組合の性格、傾向や従来の運動路線等のいかんによって、一方の組合をより好ましいものとしてその組織の強化を助けたり、他方の組合の弱体化を図るような行為をすることは許されないのであって、使用者が右のような意図に基づいて両組合を差別し、一方の組合に対して不利益な取り扱いをすることは、同組合に対する支配介入となるというべきである。この使用者の中立保持義務は、組合事務所等の貸与といういわゆる便宜供与の場面においても異なるものではなく、組合事務所等が組合にとってその活動上重要な意味を持つことからすると、使用者が一方の組合に組合事務所等を貸与しておきながら、他方の組合に対して一切貸与を拒否することは、そのように両組合に対する取扱いを異にする合理的理由が存しない限り、他方の組合の活動力を低下させその弱体化を図ろうとする意図を推認させるものとして、労働組合法七条三号の不当労働行為に該当すると解するのが相当である。

(2) これを本件についてみるに、前記三2の事実関係によれば、被告は、全日産労組との間では、貸与に際し特段の条件を付したり前提となる取引を行ったりすることなく、いわば無条件で組合事務所等の貸与に応じていながら、原告組合からの貸与の申入れに対しては、専従問題の解決が先決であるなどとして具体的交渉に応じることなく、一貫してその要求を拒否し続けているものであるところ、専従問題は、必ずしも組合事務所等の貸与と密接不可分な関連性を有するものでなく、貸与問題と同時解決を図らなければならない程の緊急性があるともいえないことからすると、原告組合が右専従問題の解決に消極的であったことは、組合事務所等の貸与について全日産労組と原告組合とを差別する合理的理由とはなし難いし、また、被告が主張する原告組合の被告に対する非協力的態度などの点も、些か問題があるものの全日産労組と差別して組合事務所等の貸与を拒否する合理的な理由とまではいい難いものであって、被告の組合事務所等の貸与に関する右態度は労働組合法七条三号の不当労働行為に該当するものというべきである。

(三)  したがって、前記三2の行為は原告組合の団結権に基づき活動する利益を違法に侵害するものということができるが、右(二)(2)に述べたところによれば、右侵害が被告の故意に基づくものであると判断することができ、また、その侵害態様からすれば、これによって原告組合の組合活動が阻害されたことを推認することもできる。

(四)  よって、被告の前記三2の行為は、原告組合に対する不法行為を構成するものということができる。

3  更に、原告組合は、被告の前記三3の行為は原告組合の団結権及び団体交渉権を侵害する不法行為であると主張するので、この点について検討する。

(一)  使用者が団体交渉に形の上では応じている場合にも、その交渉態度が不誠実なものであって、実質的な団体交渉拒否にあたると認められる場合、それは労働組合法七条二号の不当労働行為に該当するとともに、労働組合の団体交渉権に基づき活動する利益を侵害する不法行為を構成するものということができる。

(二)  そこで、前記三3の被告の団体交渉における交渉態度が不誠実なものであって、実質的な団体交渉拒否にあたるか否かについて判断する。

同一企業内に複数の労働組合が併存する場合に、使用者は、すべての場面で各組合に対し中立的な態度を保持し、その団結権を平等に承認、尊重すべきであることは前記のとおりである。しかしながら、使用者の各組合に対する交渉態度に差別がある場合に、差別があることそれ自体が直ちに差別を受けた組合に対する不誠実な交渉態度による実質的な団体交渉拒否にあたるということはできず、実質的な団体交渉拒否であるといい得るためには、差別を受けている労働組合に対する使用者の交渉態度が内容的に当該組合の団体交渉の適正な遂行に著しい支障を及ぼすものであることを要するものといわなければならない。

そこで先ず、団体交渉における被告側出席者にかかる主張について検討するに、被告は、被告の原告組合に対する団体交渉の拒否が不当労働行為であるとの救済命令が出されて以降、一応原告組合の団体交渉の申し入れを受入れるに至ったこと、同日以降の団体交渉において、被告は全日産労組との交渉は本社会議室において社長、副社長、専務及び関係役員を出席させて行っているが、原告組合との交渉は日産健康保険組合井の頭会館で行い、会社内では行わず、またその出席者中最上位役職者は荻窪工場総務部長であって、取締役を出席させてはいないことは前記のとおりであり、原告組合と全日産労組との間においては団体交渉の被告側出席者にその地位からみて差異のあることが認められる。

しかしながら、団体交渉に交渉権限を有する者を一人も出席させなかったり、あるいは、協約妥結段階の団体交渉に妥結権限を有する者を一人も出席させなかったりして当該団体交渉の進行を無意味なものにするものでない限り、使用者がいかなる役職者を交渉担当者として団体交渉に出席させるかは原則としてその裁量に任されているものというべきであって、複数の労働組合の併存下で、一方の組合との団体交渉に出席する使用者側の役職者の地位が、常に他方の組合との団体交渉に出席する役職者の地位よりも低いという事実があっても、これによって前者の組合の団体交渉の適正な遂行に著しい支障が生じるという特段の事情が認められない限り、不誠実な交渉態度による実質的な団体交渉拒否にあたるものということはできないところ、右の点に関し、原告組合の主張するところは、結局、被告が原告組合との団体交渉に出席させる役職者と全日産労組との団体交渉に出席させる役職者の地位の高低による差別をいうものにすぎず、これが原告組合の団体交渉の遂行に著しい支障を及ぼしていることを認めるに足りる証拠はないから、これを不誠実な団体交渉による実質的な団体交渉拒否と認めることはできない。

次に、原告組合と全日産労組が同一の問題につきほぼ同一時期に提出した要求について、被告は、原告組合に対する回答を、常に全日産労組と妥結した後に、右妥結内容と同一の内容でしかなさず、更には、原告組合が独自に要求してきた事項についても、まず全日産労組と先に合意して、やはりその妥結内容と同一の内容で妥結しようとすると主張する点について考えるに、前記のとおり、同一企業内に併存する各労働組合の組織人員に大きな開きがある場合に各組合の使用者に対する交渉力に大小の差異が生ずるのは当然であり、職場全体を通じて均等に定められることが望ましい統一的労働条件について団体交渉を進めるにあたって、使用者が多数派組合との交渉及びその結果に重点を置くようになることは当然のことというべきであって、これを一概に不当とすることはできず、右原告組合の主張する被告の交渉態度も、原告組合と全日産労組の組織人員の差異から是認されるべき範囲内のものというべきであって、これをもって原告組合の団体交渉の適正な遂行に著しい支障を及ぼす不誠実な交渉態度ということはできず、実質的な団体交渉拒否にあたるものということはできない。

(三)  そして、他に被告の前記三3の行為の違法性を基礎付ける事情も見当たらないから、右行為が原告組合の団結権及び団体交渉権を侵害する不法行為であるとする原告組合の主張は、これを採用することができない。

4  最後に、亡坂ノ下千代子を除く組合員原告及び原告坂ノ下映子、同坂ノ下純子及び同坂ノ下冬樹は、前記三1の被告の行為は組合員原告が時間外労働及び休日労働をして得べかりし利益を侵害する不法行為であると主張するので、右主張について検討する。

(一)  前記のとおり、残業を命じることは使用者の業務命令権に属することであって、労働者は当然に残業を行って残業手当を取得する利益を有するものではない。しかしながら、前記のとおり、残業が恒常的に行われており、しかも毎月の賃金における残業手当の割合が生活上無視できない程度に大きなものになっている被告の労働事情の下においては、残業して残業手当を取得する利益が労働者の期待的利益として認められるべき可能性があり、これが認められる場合に、使用者が故意に一定の労働者に対して残業を命じないときには、その行為は当該労働者の右期待的利益に対する侵害として不法行為を構成し得るものというべきである。

(二)  ところで、前記のとおり、被告の前記三1の行為は、労働組合法七条一号の不利益取扱いないし同条三号の支配介入に該当するものであり、憲法二八条が定める公序違反としての違法性が認められるものである。しかしながら、その趣旨は、前記のとおり、荻窪、三鷹及び村山の三工場に計画残業を導入するに際して原告組合の存在を無視し、これに対して何らの提案もしないで一方的にその組合員を一切残業に組入れないとの措置をとり、これを既成事実として原告組合との団体交渉において誠意をもって交渉しないまま、原告組合との間に残業に関する協定が成立しないことを理由として原告組合の組合員に依然残業を命じず、これによって原告組合の組合員に経済的不利益を与え、原告組合の組織の動揺、弱体化を図るという被告の一連の行為の全体が不当労働行為に該当し、また違法性を有するというものであって、被告が原告組合の組合員に対して残業を命じないことがそれだけで不当労働行為に該当し、違法性を有するというのではない。そして、前記のとおり、被告が、原告組合の組合員が製造部門において全日産労組と同様計画残業に服することを当該組合員に残業を命じることの条件とすること自体には合理性があるといえるのであるから、被告が右条件につき原告組合と誠意ある団体交渉を尽くしていたならば、原告組合と労働協約が締結されていないことを理由として製造部門の原告組合組合員に残業を命じない行為は是認されるべきものとなるものといえる。しかるところ、前記の原告組合の計画残業に対する態度からすれば、被告が誠意ある団体交渉を尽くしたとしても、右被告提案の条件による残業の協約の締結を拒否していた可能性が強いと考えられるから、製造部門の原告組合組合員については、残業して残業手当を取得する期待的利益があるとは認め難い。これに対して、間接部門の原告組合所属の組合員については、前記のとおり、間接部門には交替制勤務及び計画残業の制度はなく、各職制が必要に応じて残業させるという方式を採っているのであるから、前記労働事情の下にあっては、右部門に属する原告組合の組合員には、残業を行って残業手当を得る利益を期待的利益として認める可能性があるというべきである。

そして、組合員原告のうち、昭和四六年度及び昭和四七年度に間接部門に所属していた者は、原告矢嶋義子、同菅原朗、同今井征男、同中村勝大、同境繁樹、同山中稔、同矢嶋勲、同阿部モト、同東条紀一、同鈴木泉子、亡坂ノ下千代子、原告村田美慧子、同丸田輝夫、同坂義雄、同吉田博及び同浅野弘の一六名、昭和四七年度のみ間接部門に所属していた者は原告粕谷力一名であること、被告が原告組合所属の従業員にも残業を命じ始めた昭和四八年六月から同年九月までの間、原告菅原朗、同中村勝大、同阿部モト、同鈴木泉子、亡坂ノ下千代子、原告村田美慧子、同粕谷力及び同浅野弘の八名はいずれも全く残業に応じていないことは当事者間に争いがなく、かかる事実を考慮すると右原告ら八名は昭和四六年度及び昭和四七年度(ただし、原告粕谷力については昭和四七年度のみ)に残業を命じられていても、これに応じなかったものと推認されるから、右原告らについては、右各年度における残業手当取得の期待的利益を認めることはできない。

他方右八名を除く原告矢嶋義子、同今井征子、同境繁樹、同山中稔、同矢嶋勲、同東条紀一、同丸田輝夫、同坂義雄及び同吉田博の九名が右期間中残業に応じている事実は当事者間に争いがないから、右原告九名が昭和四六年度及び昭和四七年度に残業を命じられていれば、これに応じていたものと推認され、右各年度における残業手当取得の期待的利益を認めることができる。

(三)  よって、被告の前記三1の行為は、組合員原告のうち、原告矢嶋義子、同今井征男、同境繁樹、同山中稔、同矢嶋勲、同東条紀一、同丸田輝夫、同坂義雄及び同吉田博がそれぞれ残業して残業手当を得る期待的利益を侵害する不法行為を構成するものということができるが、その余の組合員原告については、右行為による不法行為の成立を認めることはできない。

五  そこで、不法行為の成立が認められる行為について、これによって生じた損害を検討する。

1  前記四1、2の各不法行為により原告組合に生じた損害は、被告の加害の程度、原告組合の右不法行為に至る対応、損害の程度等諸般の事情に鑑み、右1の不法行為による精神的損害額は金三〇万円、弁護士費用は三万円、右2の不法行為による損害額は金三〇万円、弁護士費用は三万円をもって相当と認める。

2  次に前記四4の不法行為により原告矢嶋義子、同今井征男、同境繁樹、同山中稔、同矢嶋勲、同東条紀一、同丸田輝夫、同坂義雄及び同吉田博に生じた損害につき考えるに、右原告らがそれぞれ所属する事業所における原告組合組合員以外の従業員の昭和四八年六月から同年九月までの間の総残業時間の平均は別表二「同期間における原告以外の者の残業実績時間数」欄記載のとおりであること、右原告らの同期間における総残業時間は別表二「昭和四八年度における原告らの残業実績時間数」欄記載のとおりであること、昭和四六年度及び昭和四七年度において別表一「氏名」欄記載の各組合員原告とそれぞれ同一事業所の同一部門に勤務する全日産労組所属の従業員に課された計画残業の時間数は同表「時間数」欄記載のとおりであることはいずれも当事者間に争いがない。そうだとすれば、右各年度において被告が右原告らに残業を命じたとすれば、右と同時間数の残業を命じたものと推認され、また右原告らが右各年度に右の残業を命じられていれば、別表一「時間数」欄記載の時間数に別表二「同期間における原告以外の者の残業実績時間数」欄記載の時間数に対する別表二「昭和四八年度における原告らの残業時間数」欄記載の時間数の割合即ち別表二「比率」欄記載の数値を乗じた時間数だけ残業したものと推認するのが相当である。そして、弁論の全趣旨によれば、被告における時間外手当の算出方法は基礎賃金額に支給率の一〇〇〇分の一を乗じた金額を一時間当たりの時間外手当として算出し支給されていることが認められるところ、前記各年度における組合員原告の基礎賃金が別表一「基礎賃金」欄記載のとおりであり、支給率が同表「支給率」欄記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

したがって、前記組合員原告の推定残業時間に対応する時間外手当は、これを年度別に算出して合計すれば、原告矢嶋義子は金三万〇九六一円、同今井征男は金二二万七一六九円、同境繁樹は金一四万六〇八四円、同山中稔は金二〇万五一三四円、同矢嶋勲は金四万九二一四円、同東条紀一は金九万〇四八一円、同丸田輝夫は金三万〇八〇三円、同坂義雄は金一三万八五六七円、同吉田博は金九万四六三二円となり、右各金額を前記四4の不法行為により右原告らに生じた損害と考えるのが相当である。

六  被告は、前記四1の不法行為による原告組合の損害賠償請求権の時効消滅を主張するが、右不法行為は昭和四八年五月まで継続してなされた不法行為であって、右請求権の消滅時効は、右不法行為が終了し、これによる損害が確定した昭和四八年五月から進行を開始したというべきであるから、本訴が提起された昭和四八年八月三〇日には未だ完成していないものというべきであり、被告の右主張は失当である。

七  してみると、原告組合の本訴請求は、前記四1の不法行為による損害金三三万円及び内金三〇万円に対する昭和四八年九月二一日から、前記四2の不法行為による損害金三三万円及び内金三〇万円に対する不法行為後の昭和五八年一一月一九日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、また主文第二項記載の原告らの請求は、同項記載の各損害金及びこれに対する不法行為後の昭和四八年九月二一日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

八  よって、本訴における原告組合並びに原告矢嶋義子、同今井征男、同境繁樹、同山中稔、同矢嶋勲、同東条紀一、同丸田輝夫、同坂義雄及び同吉田博の各請求は、主文記載の限度でこれを認容し、その余は失当としていずれも棄却し、その余の原告らの各請求は、全部失当としていずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 福井厚士 川添利賢 酒井正史)

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